Between despair and hope
〜絶望と希望の間で〜

「血が……」
そう呟くと少女は、着ているコートからハンカチを取り出して男の腕に触れよ うとする。すると男の纏う『闇』がさらに増す。俺に構うな、と。それでも少女は男の腕に手を伸ばす 。
 後もう少しで触れるというところで、傷を抑えていた方の手でパシッと払われる。
 乾く 暇もなく新たな血が流れているのだろう、払われた少女の手に血がついた。
「……我に構うな、 退け」
射抜くような冷たい瞳と声。
 それでももう、何かを吹っ切ったのか少女は怯まなかっ た。
「退けと言われても……帰り方なんて知らない……だからこのままでは死ぬだけ。どうせ死ぬんだった ら……自分の好きなようにする」
そう言うと少女は手早くハンカチを器用に使って傷の手当てをす る。
 その間、男はただ呆れて物も言えないのか……それとも考え事をしているのか、何も言わな かった。



第二章 死 神


「――よし!でもこれは応急手当だから、ちゃんと消毒とかしてね」
そう言った少女に、男は尚も冷たい言葉を吐き出す。
「……何のつもりだ。同情か?それとも恩でも着せたつもりか?」
そう言われても少女は気に していない様子で、むしろ不思議そうに首を傾げる。
「全然?ただ痛そうだったから」
「ふんっどうだかな」
鼻で笑うように言われて、少女は初めて気分を害したような表情をした。
「別に、いいけどね。でもそう思うのは、自分が誰かを助ける時にそう思ってるからだよ。貴方は 可愛そうだと思って助けるの?助ける時、ちゃんと恩に報いろって思っているの?」
一旦言葉を区切ると、辛そうに、悲しそうに顔を歪めながらゆっくりと言葉を選ぶようにして話し出す 。
「――人はね、こうだと思ったら知らず知らずのうちに、相手もそう思ってるんだって決め付けちゃう の。……だから、貴方は必要以上に助けられる事を警戒するんだよ。相手と自分は全く別の生き物だっ ていうのに」
少女は悲しい、辛い・・そんな色々な感情の込められた――それでいて吹っ切ったよ うな――微笑みに、男は一瞬虚を衝かれたような顔をするが、すぐに元の表情に戻す。
 その表情 にかすかに関心を隠しながら。
「――ほぅ……まさか人間ごときにそう言われるとはな」
「……人間ごとき……?」
あぁ……そうか。 人間じゃないんだ、やっぱり。
 纏ってるものが、人間のものじゃないから。
 かなりの出血 量のはずなのに、木に寄りかかりながらもこうやってちゃんと立ってる。ちゃんと立って、私と話をし ている。
 普通なら立つ事なんておろか、話をする事なんて無理だろう。
 すでに気を失っているか、 もしくはすでに冷たくなっているだろうから。
「……えーっと、死神さん?」
少し首をかしげながら、少女は言う。
 男は驚いたような、呆れたような、複雑な表情で――少女 と男では身長の差が大きいので自然と見下すように――少女を見る。
「……貴様は、死神に会いたかったのか?」
「うーん……会いたいような会いたくないような…… どちらかといえば、会いたかった、かな」
それを聞くと、男は血で濡れている己の手を口元に持っ ていき、ニヤリと笑った。赤い瞳は未だ冷たいまま、口元だけで。
 それを見て少女は初めて男に 対して寒気を覚えた。
「そうか……ならば会わせるわけにはゆかぬ」
「へ……?」
自分でも分かる。今きっと自分はものすごく間抜けな顔をしてる。
「貴様、名は?」
  それが人に名前を聞く時の言い方かなぁ……。でも、多分これがこの人なんだって不思議と思えた。
「遥華。月島 遥華(ツキシマ ヨウカ)
「――そうか。……我名 は(アカツキ)。我にあれだけの屈辱を味合わせたのだ、このまま貴 様の思い通りにさせるのは、少しばかり気に入らん」
「……えーっと?」
屈辱……?……悪い けどまったく 覚えがない。しかもなんでそんな方向に飛ぶんだ。
 ――死神さんでは、ないみたいだけど…… じゃぁなんだろう?
 そう考えているとすぐ近くで鳥が羽ばたくような――しかし、鳥なんかより も大きな『何か』が羽ばたくような音がした。
 何事かと遥華が暁に目を向けてみると、暁の背中 に天使のような翼がある。――だが白ではなく、悪魔とされる黒。
 ……和服を着た悪魔なんて聞 いた事ないんだけど?
 だが、そんな疑問は一瞬にしてどこかに消え去った。
「うきゃぁ!」
体が、浮いた。正確には、軽々と抱き上げられた。
 短く悲鳴をあげた遥華に暁は煩いと一言言う と、背中にある黒曜の翼で闇を舞う。
「ち、ちょっと待ってっ!」
「待たない」
「な、ま、待ってよ!そ、空飛んで……?……木……が、下にある……?」
そう、木々が下にある。つまりは木々の上を飛んでいるということ。
 下に並ぶ木々たちは決して 低くはなく、長い時を生きてきた太くて高い物だ。
 ぐっと目を閉じると、風を切る音とともに定 期的に羽ばたく音が聞こえる。
「っや……やだっ、降ろして!!」
「却下」
いきなり起こったあまりにも現実離れしすぎた事実にパニックを起こしている遥華とは対象に、暁はた だただ平然と答える。
「恐いのならば我の首に腕を回しておけ」
そう言われて、恐怖とパニックで回らなくなった頭と、正常な働きをしない理性によって、無意識のう ちに自分の腕を暁の首にまわす。

    *

「〜っ、あ、 あのっ」
「なんだ?」
「いつまでこうしてればいい……の?」
冷静さを取り戻して一番最 初に思ったのはそれ。
 いや、うん、まぁ今まで思いっきりしがみ付いてた自分が言えることじゃ ないんだけどね?だけどこの状態に気がついてみると、そっちに気が向いちゃう……。
 慣れてな いから仕方ないんだけどさ……。絶対に顔が赤い……というか、相手の顔、絶対直視できないよなぁ… …。
 そう考えて心の中で苦笑する。
 暁は自分の胸に顔を隠すように埋めている遥華をさして気にしていな い様子で暫く観察していると、あぁ、なるほどなっと呟く。
「……慣れてないな、貴様」
「う”……わ、悪かったわねっ!どーせ慣れてませんよーだっ!!」
それを聞くと、暁は人の悪そ うな笑みを浮かべる。
「ふんっ図星をだからと不貞腐れるな。第一に、この状態で不貞腐れてもな 。――もう少しすれば着く。それまで我慢するんだな」


「話は変わるが――なぜ、我を死 神だと?」
そう言われて、遥華は隠していた顔を上げて暁を見る。
「……人間じゃなくて、着 てるものが黒だったから。それだけかな?日本だから和服もありだろうし」
「……全ての死神が黒を着ていると、誰が決めた?」
「え……?」
突然の問いに遥華は戸惑 いを隠せない。
 なぜと言われても、死神=黒服じゃないの?少なくともそれが、一般的な常識 とされている。
 そんな遥華に気がついたのか、目線だけでちらりと遥華を見るとすぐに正面を向 いて彼女にとってどれが一番理解しやすいのかを考える。
「――では、質問を変えよう。」
「死神が黒を着ているのはなぜだ?」
「喪服……?」
「ならばこの国にそれは当てはまらない 」
虚を衝かれた。だって、喪服は黒だ。なのになんで当てはまらないの?
「もともと、この国の基本的な喪服は白だ。確かに黒もあった。だがそれは限られた人間……貴族のみ だ。全ての人間が黒に統一されたのは、つい最近のことだ」
第一に、とさらに暁は言葉を紡ぐ 。
「『死神』は全ての死を司る神だ。それが、人間ごときの都合で衣類の色を変えると思うか?そ れに神にとって貴族や民などの境界線は皆無だ。人間は同じ、己の子だ。第一に、死神は黒だというの は人間が勝手に作り上げたものだ」
暁の言葉が、頭の中を駆け回る。

 あぁ……そうか。 確かにその通りだ。
 でも……全ての人間が神の子だというのなら……
 カミサマ、貴方ハド レダケ偏見ヲ持ッテ接シテイルノデスカ?





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