〜第三章 境界線
あれ・・・?何処に行っちゃったんだろう・・。
いつの間にか、暁がいなくなってい
る。
ふわっ
「え・・・?」
そんな事を考えている最中、頭に何かがかかる。確かめようと少し身動ぎすると羽織が落ちた。
「有るか無いかでは多少違うだろう。我ので悪いが、使いたければ使え」
これを取りに行ってたの
かな・・・?
「ありがとう、使わせてもらうね」
微笑みながら言う遥華を見ると、傍に腰を下
ろす。
さして気にした様子も無く、遥華は自分の体を羽織で包む。
「・・・一つ、いいか」
決して拒否する事を許さない声で言うと、返事を待たずに遥華を真剣な目で見据える。
「どうやって、この『世界』入ってきた」
「えと・・・・ちょっと、いいかな・・?全然、訳がわからなくて・・・頭の中パンクしちゃいそうな
んだ」
泣きそうなのを無理矢理笑って、左手で顔半分を隠すようにして俯く。
「・・・・なにも、知らないのか」
静かな声。彼の優しさを全く知らなければ、きっと責めている
と思うだろう、声。
でも決して責めているわけではなく、どこか気遣いの含まれている声で言った
。
僅かに頷くのを見ると、視線を遥華から火桶に映す。
暁は静かな瞳で火桶を見つめながら、
迷子の子供をあやすような、どこか優しさの含まれた静かな声で話し出す。
「ある筈なのに、決し
て見る事も行く事も許されない場所。それがこの『世界』だ。」
「お前のいた世界を『人界』としようか。この『世界』と『向こうの世界』・・・つまりは人界との
境界は我等一族の結界で保たれている。
だからこの『世界』に入ってくる者はごく稀に来る、許さ
れた客人と、この『世界』から人界に行く物好きな者のみだ。」
「そして客人が入るには事前の連絡が必要だ。だがその有るはずの連絡も入っていない。」
「じゃぁ、なんで私は・・・・この世界に来たって言うの?ただ座っていただけなのに、気がついたら
この世界にいて・・・・なんで私なの・・・・っ私は呼ばれたわけではないのに、望んだわけでもない
のに!
この世界のことなんて知らない、こんな場所・・・知らないっ!!」
泣き声に近い悲鳴のような、声で言う。
右手を痛いくらい握り締めて、顔半分を隠している左手に力を入れて・・・そうでもしなければ声を出
して泣いてしまいそうで。
そんな遥華に顔を向けると、
徐
に立ち上がって遥華の前で膝を付いて抱きしめると、まるで不安で泣いている子供をあやすように頭を
撫でる。
「そうか・・・・お前には、何らかの『力』があるのかも知れぬ。例えば、だが・・・持っている力や
その量によっても変わるが、血そのものにもかなりの力がある。その血を、大地は吸った。」
「一つしか無いモノだが、二つ有る。自然・・つまり大地は一緒なんだ。人界も、この世界も。」
「・・・つまり、我の力とお前の『力』が何らかの形で保たれていた境界線を一時的に繋げてしまった
・・・そういうことが、無いとも限らない。」
「・・・すまない。今すぐ、お前を元いた世界に帰す事は出来ぬ。だが必ず、我が責任を持って元いた
世界に帰す。だから・・・泣くな・・。」
あぁ・・・遠くで暁の声が聞こえる。
なんでこんなにも遠いんだろう?
今抱きしめてくれてる
の、暁なのに。
なんでこんなにも・・・離れてる
んだろう・・・
遥か遠くで微かに聞こえる声は・・・本当に申し訳なさそうな、痛みを堪えたような声音をしていた。