〜第四章 幼馴染
「お前が・・・ねぇ・・・」
「で?とうとう認めたわけか?」
何処か笑っているような、それでいて真剣な・・複雑な声音で男が言った。
「別に・・・認めたわけではない。」
「へぇ・・じゃぁなんだ?」
「・・・・あの女と・・同じ事を言ったのでな。」
「興味が湧いた、ってわけか」
「・・・まぁ・・・な。」
2つの声は、どちらも低い・・それでいて聞きやすい、透き通ったような声をしている。
1つは暁の声だ。
そしてもう1つは、暁と同じ位の年齢だろうか?赤の少し入った灰色の瞳と真紅に
近い色の髪を持っている。そしてそれに合わせたかのような真紅の着物を着ている。
その男と暁は、部屋の入り口の柱に凭れながら、片胡座をかいて外を見ながら座っている。
手にはお猪口があるので、月見酒でもしているのだろう。
「それに、借りもあるみたいだしなぁ、お前」
男は意地悪な笑みを浮かべながら、口元に当てている手とは反対の手で暁の腕を指差す。
「・・・・・不本意だがな」
少し、苦虫を噛み潰したような顔をしながら言う暁に、男はちらりと目を向ける。
「ま、いいんじゃねぇの?たまにはそれもよ」
そう言うと、手にしているお猪口を口元に持っていく。
「・・・自分でなければ、の話だろう。」
「・・・・そりゃぁ、な」
当たり前だろう?とでも言いたそうに人の悪い笑みを浮かべる。
「・・・相変わらず、人が悪いな。お前は」
その言葉を聞いて、男はにぃっと笑う。
「さすがの俺も、お前には負ける。」
*
目・・・やっぱり腫れちゃってるかな・・結構、泣いたもんな・・。
暁にも、悪い事をしたかもしれない。
迷惑も掛けっぱなしだし・・・
「・・・そういえば・・今何時なんだろう?」
そう言うと、布団から出て部屋を見渡す。
やはり時計らしき物は見当たらず、廊下に出て月を見る。
・・・月の位置で時間を調べようと思ったけど・・・やっぱり無理だよなぁ・・・。
やった事も無いし。
あれ?そう言えば確か、教科書に載っていたのは太陽だったような・・・気が
しないでもない。
・・・・・・できる訳がない。
そう思いながら、心の中で苦笑する。
「それにしても・・・綺麗だなぁ・・」
月を眺めていると、一度だけ強い風が吹いた。
その風はまるで、遙華に話し声を気付かせるために鳴いたかのようだった。
あれ・・・?
今の声は・・・暁・・?
そう気が付くと、なんとなく興味が湧いてきた。
声が聞こえる方向を特定して、周りを見ながらゆっくりと歩き出す。
しばらく歩くと、部屋の入り口の柱に寄りかかっている暁を見つけた。
どうやら暁の方が気付くのが早かったようだ。
暁はこちらを見ながら一度だけ手招きをすると、立ち上がって部屋の奥へと行ってしまった。
部屋に入ると暁の他にもう1人、知らない男がいた。
「座れ」
そう言われて、部屋の中央辺りに座っている2人の傍に腰をおろした。
男がじーっとこっちを見つめているのに気付いて、何か仕出かしてしまったのか考えるが思い当たる節
が何もなく、不思議に思って首を傾げた。
「・・・・・・人間・・・?」
「・・いや、わりぃ・・・。なんつーか・・・今まで実感沸かなかったもんでさ」
男はそうか・・・と頷くと、暁に言った。
「いっそのこと、認めちまったらどうだ?」
「・・・・・・・なぜ、そうなる。」
低い声で、相手の男を射抜くように鋭く睨みながら言う。
睨まれている男は、平然と酒を飲みながら笑っている。
・・・どうやら私は忘れ去られているようだ。
話し掛ければいいのかもしれないけど、生憎、この状態で話し掛ける勇気を、私は持っていない。
持っていたとしても絶対にゴメンだ。
何が何だか解らずただ座っている私を無視して、話は進んでいく。
「我は、決して認めはせぬ・・・っ・・・あの女は人間だ!誰が人間など・・・人間など認めるものか
っあの男が許したのならば、俺は・・・俺だけは許す訳にはいかないんだっ!!」
暁はいつの間にか立ち上がって、血が出るのではないかと思うほどきつく手を握り締めながら、座って
いる男に声を上げる。
男は顔を背けてわりぃっと小さな声で呟くように言う。
その声が聞こえたかは定かではないが、暁は落ち着こうと目を瞑って深呼吸をしている。
・・・彼のことは全くと言っていいほど知らないけど、まさか、暁がこんな風に声を上げるなんて思
ってもいなかった。
こんな風に、痛いくらい悲しい怒りを、自分の感情を・・・ぶつけるとは思わなかった。
2人を呆然と眺めながら、遙華の視線は暁で止まった。
少しは落ち着いたようだが、未だ混乱気味の頭で、自分の言ってしまった言葉を思い出しながら後悔し
ているようで俯いていたが、遙華が見ているのに気が付いたのか、顔を上げると一瞬驚いたような顔を
した。だがすぐに俯いてすまないっと唇だけを動かすと、静かに歩いて部屋の入り口で止まった。
「・・・・少し、頭を冷やしてくる。」
そう言うと、静かに部屋を出て行った。
「あ〜あ・・・大失敗だな、こりゃぁ・・」
そう言うと、男は肩を窄めながら苦笑する。
「・・・・大丈夫か・・?」
そう、心配そうな顔をして男が遙華の顔を見つめる。
そこでやっと、自分が今どんな顔をしているのかに気が付いた。
「へ・・?あ、うん、平気だよ」
きっと今、自分はとてつもなく哀しそうな・・・そして心配そうな顔をしている。
暁も、だから驚いたんだ。
「アイツは・・・まぁ・・・一度引き取った奴を捨てるような事をする奴じゃねぇから心配するな」
気遣うように男が言って、初めてそこに考えが行った。
確かにそうだ、捨てられたらどうなるよ?私。
どうやらそれが顔に出たようだ。
「お前・・まさか別の事で心配してたんじゃねぇだろうな?テメェの命にかかわる事だぜ?」
驚いたように言う男に、確かにその通りだと頷く。
「えと・・・・いや・・・あの・・さっき・・・暁凄く痛そうな顔してたから・・・それで・・」
「・・・そうか」
・・・・あれ?そう言えばこの人誰?
あとさっき暁俺って言ってなかった
?
話し方も後半ちょっと違ってたような・・・?
「あの・・・」
「うん?」
「突然ですが、貴方は誰ですか?」
・・・本当にいきなりだ
。
だけどこのまま行くと永遠にこの人が誰だか分からないような気がする・・・。
いきなりの事で驚きながらも、あぁ、そうかと笑いながら話し出す。
「俺は
「あ、えと、私は
「あの・・えと・・・あと、ですね。さっき暁の一人称が俺に変わって・・・ました・・よね・・?」
「あぁ・・あれは昔の一人称。あと話し方、少し変わったところがあっただろ?あれもアイツの昔の話
し方」
「・・・アイツがさっきああ言ったのは・・ちょっと訳があってな。許せって言うのは無理
だが・・・・」
申し訳なさそうに言う空都に、遙華は微笑みながら言った。
「大丈夫だよ。私気にしてないもん。暁にとって凄く辛い事だっていうのは、さっきので良くわかった
から」
それを聞いて安心したように笑うと、空都はありがとなっと小さく呟いた。
重く閉ざされた扉は、決して開けられるのを望んではいない。
しかしその思いが故に、ふとした瞬間にその鍵を開けてしまう。
ソシテ重ク閉ザサレタ扉ノ奥デハ、何カガ音ヲ立テテ崩レ行ク。